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熊本への帰省

お袋が、悪性リンパ腫と診断されて6年になる。その頃大阪に住んでいた。熊本まで帰るのは忙しい中小企業に勤める自分にとっては仕事を休みづらいという理由と、経済的な理由とで、めったに帰る事はなかった。
東京へ転勤して内勤になり、また時々仕事で九州に仕事もあり年に3回から4回の帰省ができるようになった。

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帰省時にする事は放射線治療を受けていた頃は病院への入院や退院の付き添いや、通院の送り迎えが主だった。治療の甲斐あってリンパ腫の再発はほぼないでしょうと言う事になった。それでも体調が完全に戻ると言うことではなく、痛みや、疲れや、だるさと共に生活する日々になっていった。そうなると、主に、日頃お袋ができない、買い物や、家の手入れや庭の手入れ、包丁研ぎや生ゴミの穴掘りが待っている。そして帰省中はお袋と毎夕温泉でゆっくりと体を休めるというスケジュールになっていった。

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そんな中2005年にデジイチを買って久々に野草を撮り始めるようになってから、帰省の目的が一つ増えた。それはやはり写真、昼間や夕方はしなければならない事があるので、早朝4時頃から起きて阿蘇や菊池渓谷の写真を撮りに行く事。
そして、今回最終日に1日写真の時間を撮る事ができた。

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昭和30年代の熊本は自然豊かで川も山も空もすべてが綺麗だった。
そんな自然に囲まれてそだった自分が今撮ろうとしているのは、あの頃の感動を追いかけているのかもしれない。同時に自然の中の感じる怖さも経験した、遠くまで遊びに行き帰りが遅くなり家へ帰る時、その頃の夜は暗くて本当に怖かった。ふくろうがなく林の中の夜道は木立の間から見え隠れする月が一緒に付いて来てくれるのだけが救いだった。

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今、阿蘇の草原に立つとき何万年もそこに居た自然はたかだか50年100年ではびくともしないような存在感を感じる。青い空と緑の草原、絵に描いたような風景だけど、その姿は多分自分が生まれた頃もまったく今と同じだったのだろう。
そして、自分が死んだ後も同じようにそこにあり続けるのだろう。仕事の現場の刺激の強いささくれ立った時間の過ぎ方とまったくちがった、大きくて強くゆったりとした時間の中にいるそんな時を過ごすことができた。

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暑い夏が続きます、皆さんもお体お大事にそして写真楽しんでください。

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